パリ日本人美容師
パリと日本が拠点の美容師・フォトグラファー。多くの受賞歴を持ち、VIPや著名人、モデルなども顧客。マンション二棟(34戸)を建築・経営中。→詳しいプロフィールはこちら←
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ロンドン最後の日と思い出のカレーライス。

ブログとりあえず一週間ほど復帰してみようという事で。。
ずっと書きたいなぁっと思ってて時間に終われ、書けなかった事を小出しにしようと思います☆

それでは始まり☆始まり☆

僕をあんまり知らない方もいらっしゃると思うのですが。。
日本で8年美容師をした後、ロンドンで約3年半ほど美容師として働いていました☆
そこはシャンプー台2台のセット面ちゃんとしたの4〜6面おまけの2面。
たった8面。。
でも日本でいうと銀座のど真ん中のようなとこで、毎月1000〜1200万円ほどの売り上げをたたき出し、一番多い時は1400万(為替によって変動)ぐらいをあげてしまう、モンスターサロンだったんですよ〜。
ちなみにアシスタントも一日1人〜2人。
最高に多い日で3人。。
時にはいない日もあったり。。
そんなんで毎月1000万を超えるのはかなりのもの。。
美容師の方ならわかるはず。。。
これは完全に余談だったのですが、海外ではまだまだ美容師、美容室のビジネスチャンスは山ほどあるのでは??っというちょっとしたメッセージ☆
海外でチャレンジしたい美容師さんは、長い美容人生、思い切って飛び出してもいいと思いますよ。日本では経験できない勉強もいっぱいあると思います。
完全に記事とは関係なかったですが。。

ロンドンでとにかく最後の方は特に仕事ばっかしていた、美容バカです。。
ロンドンを出発する2日前まで結局サロンワークしていました。
最後の最後まで働かせてくれたMOGAやお客さんには本当に今でも感謝☆

そんなこんなで最後までバタバタしまくって、会いたい人とかもいっぱいいたりして。。荷物の整理に追われたり。。なにせ3年半。。すごい荷物になってました。。
最後のお給料を受け取ったのも飛ぶ当日でした。
その前日は一睡もしないで、徹夜で荷物や部屋を整理して。。
日本に送る荷物をなんとかクロネコヤマトに持っていったのも飛ぶ当日の午前中。。
お給料を銀行に預けたのも当然飛ぶ当日。。

本当にギリギリセーフの感じでした。。

そんな最後の日まで、ロンドンの街を本当に走りまくって、なんとか用意を終わらせた変な日本人を、最後一緒に住んでいたイタリア人の家族は心配そうに見守っていました。。

かわいい、かわいい女の子、2歳のキアラと仲睦まじいイタリア人の夫婦。
そんな素敵な家族と一緒にいたのですが、僕は仕事ばかりで、朝も夜もいず。。
仕事にあけくれ、人との付き合いも多かったので、なかなか家で一緒に時間を過ごせる事は少なかったのです。。
ある日、『おまえは本当に心を許せる友達はいるのか??』
って真剣に言われた事もあるほどです。
僕は答えました。
『君たちにとって、僕は仕事病の変な日本人にうつるかもしれない。。
でも僕はこの美容師って仕事に人生かけてるんだよ。プライドであり、パッションなんだよ。』
などと、口論になった事もあります。。
でもお互いの気持ちを正直にぶつけあった夜をまだ覚えてます。

もちろん一緒にご飯食べたり、子供と遊んだり、ビールやワイン飲んだり。。
でも一番好きだったのは、朝一緒に飲むエスプレッソでした。
忙しそうにいつもバタバタしてる僕に、ちょっと待て!せめてこれだけでも飲めっとばりに、いつもいれてくれました。僕も入れ方教わって、たまには入れる役をやったり☆

そんな家族ともいよいよお別れで。。
寂しかったなぁ。。

最後にね。。その日本人びいきのイタリア人のアルマンドは、僕に日本のカレーライスを作ってくれてたんです。。泣。。
これ空港で食べなさいってさ。。

イタリア人に、日本のカレーを持たされるなんて夢にも思わなかったよ。。泣。
空港で飛行機を待ってる時に噛み締めました。。。
なんかね。。
すっげ〜〜美味しかった。。


これがその時のカレーライス。。
作ったばっかの入れてくれたから、だいぶ時間経っていたのに、まだちょっと温かくて。。
人の優しさが最高に染み込んだカレーライス。。
食べながら目に涙が溜まった。。


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